小説には、ミステリーやロマンスなどいろんなジャンルがありますが、ちょっと異色なのに実在の人物を描いた歴史小説というカテゴリーがあります。そのジャンルでは、教科書の中で年表と出来事のフレームの中に閉じ込められた人物たちに命を吹き込んで、陰・陽の魅力で読み手を夢中にさせてくれるのです。
激動の時代、幕末に生きた人間は、男も女もとても魅力的で、たくさんの作家さんがそれぞれの目線から多くの優れた作品を書いています。
今回は、その中から、幕末を題材にしたおすすめの歴史小説を5冊紹介します。
目次
おすすめの歴史小説その1『花の生涯』
著者:舟橋聖一
安政の大獄、桜田門外の変で悪役・敵役のイメージが強い幕末の大老、井伊直弼の生涯を綴った作品。1963年から始まった大河ドラマの第一作目に、この『花の生涯』が選ばれています。
彦根藩主の十四男に生まれた直弼は、長い不遇時代から藩主になり、幕政の中央へと運命によって押し出されます。日本内外から揺さぶられる幕府の要人として、私欲ではなく日本を守るために死をも覚悟して突き進む強い意志をもった直弼の、教科書からは学べない一面に彼に対する見方が変わった気がします。
歴史小説でありながら、村山たかを巡る恋にも重点がおかれ恋愛小説の側面もあり、とても読み易い本です。
※参照:井伊直弼の人物像について。周囲の評判やお茶の逸話とは?
おすすめの歴史小説その2『天璋院篤姫』
著者:宮尾登美子
こちらも大河ドラマ『篤姫』の原作。島津の分家である今和泉家の長女として生まれた於一、後の篤姫。本家斉彬の養女から将軍の正室になるも結婚後2年も経たないうちに家定と死別するのですが、彼女の波乱万丈の人生はまだまだ続きます。
天璋院となった後も「男であったら」と周りを残念がらせるほどの聡明さを発揮して大奥を束ねながら徳川を支え、実家と婚家の間に立つ荒波を乗り越えていく彼女の人生とその心情が生き生きと描かれています。
嫁(和宮)いびりをした人というイメージが強かった篤姫ですが、現代に生きる女性とは自分の求める幸せも求められる役割も大きく違った幕末に凛と生きた彼女がとても魅力的でした。
※参照:篤姫ってどんな人?年表や西郷隆盛との関係を解説!
おすすめの歴史小説その3『世に棲む日日』
著者:司馬遼太郎
攘夷と開国、勤王と佐幕、二つの相反する意見が綱引きをしていた長州藩で、討幕派をリードした吉田松陰とその弟子高杉晋作が主人公の作品。高校の修学旅行の下調べとして読んだ本作品は、自分の青春と彼らの青春が重なって心が揺さぶられた記憶があります。
松陰の信念と、その遺志を継ぐ高杉晋作。個人的には高杉晋作に主役がバトンタッチされてからの方が面白かったです。展開も早くドラマチックで、それは27歳で死んだ彼の人生そのもの。強烈な生き様に圧倒されました。
最近になりまた読み返しましたが、司馬遼太郎の二人に対する見方の違いに考えさせられ、改めて松陰と晋作の人生を感じました。
おすすめの歴史小説その4『竜馬がゆく』
著者:司馬遼太郎
読んだことがなくても、この『竜馬がゆく』と『燃えよ剣』の題名は聞いたことがあるという人も多いのでは?日本人の坂本龍馬好きは司馬遼太郎と福山雅治によるものが大きいと言っても過言ではないでしょう。それくらい竜馬という男を魅力的に書き印象付けた作品。
当時も現代であっても「落ちこぼれ」的要素の強い竜馬の豪快なエピソードに夢中になる前半、中盤以降は明治へと突っ走る時代のうねりの中で常に一歩先を見て、大胆に決断する竜馬に感服します。男も女も魅了したという竜馬。よく言われることですが、竜馬が死ななかったら明治に何をしたんだろうと思ってしまいます。
今の時代こそ、竜馬のような人物に出現してほしいです。
おすすめの歴史小説その5『彰義隊』
著者:吉村昭
吉村昭最後の作品。上記4冊に比べ「これぞ歴史小説」というべき想像による演出を押さえた硬派な作品。題名は彰義隊ですが、主人公となるのはその彰義隊や奥羽越列藩同盟に担ぎ上げられた皇族、輪王寺宮です。
心理描写が少なく淡々とした輪王寺宮の描写に、感情移入型読者は少し物足りないかもしれませんが、それを補って余りある東北に「落ちてゆく」描写。皇族の一員でありながら朝敵として「徳川軍」と共に滅亡への道を歩む輪王寺宮たちに、派手な演出ではないからこその悲しさや切なさを感じました。
明治に入り宮は許されますが、幕末に「朝敵」となった罪悪感は皇族の一員として深かったとか。命を賭してその罪を償いたいと願った輪王寺宮の心中を思い、作者は『彰義隊』という題名にしたのだそうです。
この記事のまとめ
幕末を題材にしたおすすめの歴史小説を5冊を紹介しました。
事実に基づくとはいえ、歴史小説も作者の解釈と想像を加えて創られたフィクションです。同人物であっても、書き手によって様々な表情を見せてくれます。そして登場人物たちは、読み手である私たちを彼らの生きた時代へといざない、その時代の息吹を感じさせてくれるのです。それこそが歴史小説の醍醐味ではないでしょうか。
今回ご紹介した5冊はいずれも定評があるだけに、若い時に一読するだけでなく大人になってから読み返すとまた新たな発見や感慨があるというもの。これから初めて読むという方も、昔読んだという方も、この休みに幕末の激動の時代を是非、味わってみてはいかが?